猫について 自分について そのほかいろいろなことについて

猫は後悔するか。野矢茂樹『語りえぬものを語る』

投稿日:2016年2月22日 更新日:

 今日は2月22日、つまり猫の日である。だからという訳ではないが、猫について少し書いてみよう。猫は賢い。これはおそらく正しい。もちろん人間の言語としての「賢さ」に概念定義されているが、おそらく猫の大半は賢い。餌の気配を察するとどこからともなく現れるし、人の感情を逆なでることもする。放置された腹いせにトイレ以外でオシッコをする。人が大切にしているものを故意に破壊する。こんな復讐や報復などは日常茶飯事である。だから猫は賢いと思う。繰り返すが猫の日だから猫を礼賛している訳ではない。

 野矢茂樹の『語りえぬものを語る』という哲学エッセイを読んでいる。哲学のテーマを扱いながら、研究ではなく、エッセイであるのがこの本のハードルを下げている。最初のテーマは「猫は後悔するか」である。ここで野矢は言語について語っている。

 私たちは日本語を使って概念を規定しているが、それはあくまでも可能性を囲い込む作業である。現実に起こっていることを共有するための「ブレ」をできる限りなくすのが言語の役割である。だから「可能性」なのだ。私たちの言語は世界を分節化することで多様な可能性を表現しようとする。つまり「黒い猫が眠っている」という文章は、「黒い」「猫が」「眠っている」という分節から成り立つ。

 分節化された言語を持っているか否かで、論理空間が生じると野矢は説く。分節化されているから、例えば「黒い」猫ではなく、「茶色の」猫かも知れないとか、「眠っている」のではなく「死んでいる」のかも知れないといった別の可能性を想定できるということである。

 さて後悔というものは現実と違う別の現実を想定し、そちらの方に価値を置くからこそ生まれる感情と言えるだろう。つまり言語が分節化されており、論理空間を持っていないと別の現実の可能性を想定できないのだ。猫は賢い。そして猫たちのコミュニケーションは鳴き声によっても行われている。しかしその言語はおそらく分節化はされておらず、現象はただひとつの状態であろうと野矢は書く。よって猫には論理空間は存在せず、後悔はできないのだ。

 猫はただ「いま」だけを生きている。そしてそれはまったくの未分化な純粋で美しい混沌なのだろう。ぼくはあまり後悔しない生き方をしてきた。それでも嫌な感情を持ってしまうこともある。それはぼくたち人間が論理空間を持っているからなのだろう。猫のように「いま」を敢えて分節化せず、ひとつの純粋として受け入れれば強く生きられるのかも知れない。

『語りえぬものを語る』(野矢 茂樹) 製品詳細 講談社BOOK倶楽部

『語りえぬものを語る』(野矢 茂樹)の製品詳細ページです。

-猫について, 自分について, そのほかいろいろなことについて
-, ,

執筆者:


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連記事

light

人間には光が必要なんだ。光がないなら、自らが光になればいい。

民主主義を擬態している社会  2019年10月19日読了。15歳を対象とした本ですが、日本人の大半は読むべきだと思います。マッカーサーは日本人のことを12歳の子供に譬えたと言われるが、まさに戦後70年 …

平和は来るのか?わが家の猫さんたちの近況

ぼくの家には現在、4匹の猫さんがいて、妻とぼくと4匹の家族で暮らしています。もともとは和歌山で拾ってきたヨッシー吉宗、オフィスに訪ねてきた果敢な女の子ももの2匹で、この子たちはとってもなかよく暮らして …

所有ギターを全部売却。来年は究極の一本を手に入れる?

Martin Club Japan | マーティン クラブ ジャパン ギターカタログ STANDARD Series(スタンダードシリーズ)000-28 12月23日は休日。今年は自宅をリフォームして …

Facebookの使い方ってこれでいいの?

毎日オフィスに行けばPCを立ち上げて、GoogleカレンダーとともにFacebookを眺める。いやそれ以前に朝起きてスマフォを手にした際にFacebookの更新情報が目に入る。これが多くの人の毎日だと …

むかしむかし、女川で思ったこと

 ぼくはかつて大手広告代理店の博報堂という企業に勤めていました。そこでのぼくの仕事は商品をたくさん売るための仕組みや広告を考えることでした。その仕事は基本的に楽しいものでした。そう、平時なら。そもそも …